インタビュー

川村奈美子インタビュー

5才から作曲をはじめ、10代の頃には国内外で演奏を披露してきた川村。
2008年には国際芸術文化賞を受賞するなど華々しい経歴を持つ。

そんな彼女の真骨頂は世界的にも珍しい、ポピュラー音楽を“クラシック風にアレンジ”するピアノソロだ。
今年1月に行った生演奏は大きな評判となり、5月に再び開催が決定。
日本でも数少ない、自ら編曲し、プレイヤーとしても一流の腕をもつ二刀流ピアニスト。
その影には、生まれ持ったたぐいまれな才能と想像を超える日々の鍛錬があった。

昨年秋に発売されたCD「Thank You For The Music」がとても評判ですが、 クラシック界の方がポップスに挑戦するのは珍しいのですか?

そうですね、 クラシックのピアニストが、ポップスをクラシック風にアレンジして弾くことは、世界的にも珍しいことなんです。
今回のCDでは、映画音楽とミュージカル音楽の不朽の名作から
12曲を厳選して、全てを私が編曲いたしました。
音楽をクラシック風に演奏することを「a la classic」といいますが、
ポップスをクラシック風に編曲するということは、
私にとっては常識を変えなければいけないくらい大変でした。

川村奈美子インタビュー本人写真

「ポップスをクラシック風に」というのは、 具体的にどのようなところが大変なのでしょうか?

まず、メロディラインが全く違っていて、
クラシックに比べるとポップスはメロディの音程の高低差が少ないんです。

ピアノは両手を広げれば、低い音から高い音へ一気に飛ぶことができます。
だから、クラシックのメロディラインはとても変化に富んでいます。
でも、ポップスは人が歌うことを前提として作られていることが多いので、
音階を一気に超えるような曲はあまりありません。
 
また、人の歌声は、1つの音を長く伸ばすことができますが、

ピアノは鍵盤に指をおいておくだけでは、音は長く伸びません。
だから、ポップスで音を長く伸ばす部分は、
クラシックピアノのさまざまなテクニックを使い、音を増やしたりして工夫をしました。

このCDを聴くと、映画やミュージカルの場面が浮かんできますね。

ありがとうございます。
今回の作品の中には映画音楽もありますが、
すべての映画作品を改めて見てから編曲しました。
例えば、チャップリンの映画「ライムライト」から
「エターナリー」を選んで編曲したのですが、
この曲はチャップリン独特の様相、ユニークな歩き方、
ちょっと風刺のきいたひねった笑いなど、全てが浮かぶようにアレンジしました。

私は、「音が目で見える」ような演奏を心がけております。

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音が目で見える?

はい。
私にとっての音楽は、本を読むことと同じ感覚なのかもしれません。
通常は本を読むと、それぞれの頭の中に映像が浮かぶと思うのですが、
それと同じことを私は音楽で伝えたいと思っています。

本の場合には「目で見た活字」から映像が浮かびますが、
音楽の場合には「耳で聞いた音」から映像が浮かびます。
活字は日本語ですが、
音楽は五線譜の上に音符で書かれています。
私は音符を読むときも、本を読むように見ていますよ(笑)

普段は、どのように編曲や作曲をしていますか?

編曲する原曲のメロディを、いつも頭の中で流し続けて、 
音楽の神様に雨乞いのように、
「お願いです!音楽よ、降りてきてください!」と祈り続けると、
ある時オーケストラのようにいろいろな音で、ワッと頭の中に音楽が降りてくるんです。
それを忘れないうちに一気に楽譜に書きとめます。
あとは、その音を再現できるまで練習していく。

一般的には、ピアノを弾きながら作曲するんですが、
それだとどうしても自分が弾ける範囲で作ってしまうんですよね。
でも、私の場合は頭の中に理想の音がありますから、
それが、自分では弾けないような難しい音の時もあるのですが、
聴いてくれる人たちを感動させたいのでそこだけは絶対に妥協できません。
親指と小指のタッチだけで、 何時間も練習することも珍しくありません。

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根本はやっぱり「ピアノが好き」ということなのでしょうか?

私は、物心つく前の0歳からピアノが大好きだったそうです。
すでにその頃からおもちゃのピアノをなんとなく弾いていて、
あまりにも長時間弾くので、母がピアノを取り上げたところ、
大泣きしてなかなか泣き止まなかったとか…(笑)。

作曲を始めたのは5歳くらいの頃で、ピアノを習い始めたのは6歳からです。
その時にようやく自分のピアノを買ってもらったのですが、
買ってもらうまでは、ピアノのあるお家に遊びに行ってピアノを弾かせてもらってました(笑)。

今でもピアノが好きすぎて、片時も離れたくないんです。
ピアノがないと生きていけません。
ピアノを弾く時は指がとても器用に動くのですが、
料理などはとても不器用なんですよ(笑)。

川村さんにとって、クラシック音楽とは何でしょうか?

クラシック音楽は、私にとって「生きがい」であり「支え」です。
喜怒哀楽を、自然に共にできる世界なんです。

私は、楽譜を見たり、ピアノを弾いたりすると、
作曲家の想いが理解できて、
「そうそう、そうだよね」と、楽譜やピアノと対話ができます。
例えて言うなら、
テレビに向かって喋りかけている人に似ているかもしれません(笑)。

クラシックの作曲家は、自分の想いを全て音に込めています。
例えば、「ピアノの魔術師」と言われた作曲家のリストは、
ベニスの美しい景色を見て感動し、ベニスに関する曲を作りました。
私は、その曲をピアノで弾きながら
「このゴンドラ、本当に素敵!こういう景色を見たのね」と思い描くことができます。

作曲家が見た光景が、音を通じて伝わってくるんです。
このような作曲家の想いを伝えるのが、クラシックの演奏家だと思います。
私は、いわば音楽の翻訳者です。
私にとって、クラシックの楽譜は哲学書のようなもの。
とても普遍的なものがあって、私の音楽活動の道しるべになっています。

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現代は次々と新しい音楽が生まれていますが、どう感じておりますか?

現代は忙しい人が多いせいか、いつも誰かを攻撃したり、闘ったりして、
優しさを忘れがちだと思います。
私が音楽を届けるときに心がけていることは、
聴く人が「優しい気持ちになってもらえるように」ということです。

今は、音楽をコンピュータで作る機会も増えました。
それはそれで今の時代に合っていて良いのかもしれませんが、
やはりどこか機械的で忙しく、ベルトコンベアのように流れていく気がするんです。

音楽は、コンピュータで音やリズムを数えて演奏するものではなく、
人によって違う「ゆらぎ」があります。

例えば、複数の人が同じ道を歩いていても、
それぞれ歩く速さや立ち止まるタイミングが違うように、
人にはそれぞれのテンポがあります。

これと音楽も同じで、単に楽譜を見て、並んでいる音符通りに演奏するのではなく、
楽譜から受け取ったものに、それぞれが緩急をつけたり、
その人が持つ「香り」をつけて表現する。
これが私の好きな音楽であり、芸術です。
私は「芸術家」でありたいと思っています。
人が作った音楽でなければ心に響かないことがあるような気がします。

川村さんが音楽を通じて伝えたいことは、何でしょうか?

私は感動を、自分の造語で「心動」といっています。
読んで字のごとく、「心が動く」ということをお伝えしたいと思うのです。

この「心動」という言葉は、私が10代の頃に考えて、
それ以来、いつも心がけてきました。
「心動」させられるくらいじゃないと芸術家ではないと思ったからです。
単に楽譜をなぞってピアノを弾くだけでは、私自身が納得できません。 みなさんの心が動くまで表現したい。

クラシックになじみのない人でも、
「初めて聞いた曲だし、ピアノもあまり好きじゃないのに、 なんだかわからないけれど感動した!心が動いた!」
と思っていただける場をつくりたいのです。

きっとそれぞれの人によって、
心が動く曲は違うと思いますが、
コンサートではたくさんの曲を弾きますので、
その中で1曲でもいつもと違う気持ちになる曲があったら、私はうれしいです。

川村奈美子インタビュー本人写真

最後に、今後の活動予定について教えてください。

2016年は、私がピアニストとしてセルフプロデュースで活動を始めてから 20周年の節目にあたります。
来年6月には、東京でコンサートを行うことがすでに決まっている他、
多くの場所でコンサートを開いて、生演奏を聴いていただけるようにしますので、
みなさん、毎日がお忙しいこととは思いますが、ぜひ一度足を止めて、生の音楽を感じてみていただけたらうれしいですね。

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川村奈美子(かわむらなみこ)

東京都生まれ。
0歳からピアノに親しみ、6歳から本格的にレッスンを始める。洗足学園大学ピアノ科卒業。
同大学マックス・エッガー教授マスターコース修了。10歳で韓国の演奏会に出演、12歳で アメリカのテレビ番組で演奏するなど、早くから才能を発揮。
チェコや中国など世界の一流オーケストラと共演をしながら、国内では16歳で現在の東京フィ ルハーモニー交響楽団と共演した他、多数のコンサートに出演。
「ピアノの魔術師」といわれる作曲家リストの曲だけを収録した「ALL LISZT」は、
女性ピアニストとしては日本で初めて、リストが愛したピアノ「ベヒシュタイン」を使って収 録されたものとして注目を集めた。2008年度「国際芸術文化賞」を受賞している。

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